草刈正雄が娘のようなイモトとイッテQで共演!

人気のバラエティー番組「世界の果までイッテQ!」でイモトアヤコさんは、よく「草刈りさ~ん」と叫ぶことがありますが、ここぞというときや辛い状況では特に草刈正雄さんのことを心の支えにしているのがわかります。

 

では、なぜイモトアヤコさんは草刈正雄さんのことをそんなに好きなのでしょうか?イモトさんと草刈正雄さんは、2014年8月9日から9月15日に行われた舞台「君となら」で共演しています。

 

舞台上での2人は親子であり、父親である草刈正雄さんの次女役でイモトアヤコさんが出演していました。草刈正雄さんにとっては数多い舞台のひとつに過ぎなかったかもしれませんが、イモトアヤコさんにとっては初舞台でしたから、特別な思いがあったのかもしれません。

 

そして、イモトさんのブログには草刈正雄さんへのメッセージが書かれていましたが、草刈さんは、いつもあやちゃんと名前で呼んでくれていて、その度に胸がキュンキュンしていたそうです。

 

舞台の打ち上げでは、お父さんが泣き出してしまう場面もあって、イモトさんも嗚咽が止まらなくなって、赤ちゃんのように泣きわめいてしまったそうです。また、本番直前にセリフをしゃべるとすぐに合わせてくれる優しいお父さんが大好きだとブログに書いています。

 

そんな2人は、舞台が終わったあともずっと交流は続いていて、草刈さんはイモトさんに「イッテQ見てるよ」と声をかけてもらったこともあるそうです。草刈さんにとって、イモトさんは本当の娘のような気持ちで見守っているようです。

 

草刈正雄さんが大河ドラマ「真田丸」で同じ日曜日の同じ時間帯に違う番組に出演していた時は、Twitterでイモトさんは草刈さんをねぎらったり、応援したりしていたようです。

 

そして、大河ドラマ「真田丸」が終了したあと、2017年2月12日にイッテQでは「祝!10周年イモトワールドツアーに草刈正雄がやってきた!2時間SP」が放送され、ついに2人が共演することになりました。

 

この、イッテQスペシャルは、視聴者からもかなり好評で、「今日のイモトワールドはめちゃくちゃおもしろかった。草刈さん真田丸が終わったからって弾けすぎww」といったネット上の声もありました。

 

草刈正雄のプロフィール!

草刈正雄さんは、1952年9月5日生まれ、福岡県北九州市出身の俳優です。父親はアメリカ軍兵士でしたが、母親(日本人)が草刈さんを妊娠していた時に朝鮮戦争で戦死しています。

 

子供の頃はビーバーという愛称をもっていました。家計は貧しく、草刈正雄さんは小学生時代から新聞配達や牛乳配達の仕事を掛け持ちして学校に通っていました。母親が映画好きだった影響もあって、東映の時代劇映画をよく見に行っていたといいます。

 

中学を卒業すると、世界文化社の代理店で本を売ったり、小倉の文具店の配達員をしながら、小倉西高等学校の定時制に通っていました。また、軟式野球部のピッチャーとして全国大会に出場しています。

 

北九州中島小学校の学芸会で「火の山」の主役を演じています。時代設定は古代の日本で、その後に演じた「火の鳥」や「卑弥呼」に通じる舞台衣装だったといいます。

 

アルバイト先のスナックのマスターの勧めで、東京のモデル事務所を紹介され、たまたま福岡市で開催されたファッションショーを見に行った時にスカウトされ、17歳の時に東京都立青山高等学校定時制に転校しました。上京してから2年経ったときに地元から母親を東京に呼び寄せています。

 

イモトアヤコのプロフィール!

イモトアヤコさんは、1986年1月12日生まれ、鳥取県出身のお笑いタレント・女優です。珍獣ハンター・イモトの愛称で親しまれています。2003年、鳥取県立米子西高等学校3年生の時に学校祭のミスコンテストでグランプリになり、劇の主演女優賞やエンターティナー賞などの賞を受賞しています。

 

その後、早稲田大学を受験していますが、不合格となっています。2004年に文教大学情報学部広報学科に進学し、大学3年のときにWCS3期生として入所し、芸能界に入っています。

 

2006年のM-1グランプリでは、「東京ホルモン娘」というトリオで出場していますが、その時のネタがスベりすぎて焦ったため、最後にはビーバーの胸を掴んで終わっています。

 

その後、人気バラエティー番組「世界の果てまでイッテQ!」で珍獣ハンターとしてレギュラーオーディションで合格したことで、コンビは自然解消となっています。

 

イモトさんの父親は、イモトさんがコモドドラゴンに追いかけられているのをテレビで見て、初めて芸人になったことを知りました。父親はこれを見て心配し鳥取に帰ってくるように言ったそうです。

 

2009年8月29日に放送された「24時間テレビ」ではチャリティーマラソンランナーとして、放送終了時間までに完走できませんでしたが、21時12分に126.585キロを完走しています。

 

その後、2010年11月には女優として初めて「99年の愛~JAPANESE AMERICANS~」に出演しました。また、2013年10月2日、「イッテQ」の企画で世界8位の高峰であるマナスル登頂に成功しています。

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